【掲載情報】全国高体連ジャーナル第41号
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「高校生に贈る言葉」
高校生アスリートへ池江璃花子からのメッセージをお届けします
※「全国高体連ジャーナル第41号」の転載記事です。
闘病生活を経て一年以上も離れていたプールで泳げるようになった時に私は初めて、水泳そしてスポーツのすばらしさを感じました。「ああやっぱり私は本気で水泳が好きだ」とわかったのです。「時間がかかってもまた強くなりたい」とがむしゃらに練習を頑張ることにしました。
高校1年だった2016年にリオデジャネイロ五輪に出場し、100mバタフライの自己ベストを1年で1秒以上更新した後、タイムが全然伸びなくなった時期がありました。2017年7月に高校2年で出場した世界水泳は結果が出せずに終わりました。五輪が終わった後に気持ちが緩み、食生活が乱れ、体重も増え、練習に身が入らずコーチにも反抗してばかりの時期が続いていました。それが世界水泳での惨敗につながったと反省し、このまま夏を終わらせたくないと思いました。その後8月に世界ジュニア選手権があったので、1カ月半、死に物狂いで練習を頑張ったら4種目でメダルを獲得しMVPに選出されました。五輪が終わってから1年間、私は自分自身に甘えていたと痛感しました。たまたま記録が出ていたことに慢心していたのです。
2017年の冬から2018年にかけては、とにかく練習を本気で頑張りました。自分を追い込むことで、いつの間にか「早く試合がしたい」という気持ちになっていました。「自己ベストを更新できる」、「早く日本選手権が来ないかな」と待ち遠しくて仕方なかったのです。ワクワクした気持ちで練習していて、4月の日本選手権では11種目に出場し6レースで日本記録を出し、4冠というすばらしい結果につながりました。日本選手権が終わってからも、練習を積み重ね自信を持ってレースに臨んだアジア大会では、日本人史上初の6冠という結果がついてきました。厳しい練習が苦ではなかったし、それすら楽しいと思える私がいました。速くなれることを知っているから練習がしたくてたまらなかったのです。
闘病生活を経てプールに戻った後、練習で皆に勝てず試合に出ても思ったような結果が出ないことで練習帰りに勝手に涙が溢れ、「私はもう無理なのかな」と思うこともありました。その時に思い出したのが2018年の練習が好きと思っていた気持ちです。「練習がきついのは当たり前なのだから楽しいと思うようにしよう」と考え方を変えたら、本当に練習が楽しくなって、泳ぐたびに強くなっていく気がしました。その感覚は一番速かった2018年の気持ちにすごく似ているなと思います。
2018年に「よしこれから東京五輪に向けて進むんだ、この調子ならメダルも間違いない」と確信を持ち始めた頃から体調が悪くなりました。病気がわかった時は絶望を超えて言葉に表せないショックを受けました。今振り返ると、病気だとわかった後、よくあれほどポジティブにいられたと、18歳の自分を褒めてあげたい気持ちにもなります。「周りの人たちは悲しんでいるけれど、つられて自分も悲しんでいては駄目だ、この経験を通してまた強くなれる」ということを不思議と感じていました。病室のテレビで観た2019年の世界水泳は、「私も出場してメダルを取りたかった」と思うこともありましたが、「今やるべきことは自分の病気と向き合うことだ、いつかその悔しさを挽回することができる。大丈夫、大丈夫」と自分に言い聞かせて過ごしていました。
入院中、体調が悪く、吐き気で何も食べられない日々が続いた時に、主治医の先生がぼそっと「今はトンネルの中です。トンネルには必ず出口があるので、今はトンネルの途中だと思って頑張りましょう」と言ってくれた言葉を私は大事にしています。コロナウイルスのことも、今はトンネルの中だと思っているから、いつか収束して今までのような生活が送れるようになると信じて過ごしています。私もそうですが、高校生の皆さんだけでなく、さまざまな世代の方たちがスポ―ツができなくなって苦しんでいます。インターハイのような大きな大会もなくなっている中で、それでも練習ができる環境はありがたいことだと思います。海外ではまったくトレーニングができない環境もあると聞きます。そう思うと練習ができることに幸せを感じます。もちろん練習が辛い時は嫌になったり、もう無理だと思う時もあるけれど、思うような結果が出なかったとしても、今はトンネルの中に入っているだけだと切り替えて続けていれば、なんとか乗り切れるのではないかと思います。
ある日、当時通っていた淑徳巣鴨高校の先生に言われて皆の前で号泣したことがありました。私が「明日から海外遠征に行って来ます」と言うと、「池江さんが水泳の成績を出すことは嬉しいし誇りです。結果を出してほしいなと思っています。でも一番に願っているのは、病気や怪我なく生きて帰ってきてほしい」という言葉です。「水泳頑張ってね」、「頑張って結果を出してね」と言葉をかけられることばかりだった私に、結果よりも私の命を大事にしてくれている先生がいることがとても嬉しかったのです。闘病中にも何回かその言葉を思い出しました。高校の卒業式には出席できませんでしたが、私のために別の日に特別に卒業式をやってくださいました。最後の最後、車が見えなくなるまで皆が手を振ってくれていた光景を今でも鮮明に覚えています。「友達に嫌な態度を取ったり嫌なことを言ったりしていたら、あんな風に見送ってくれなかっただろうから、私は私であるからこそ皆に愛されていたのだな」と感じることができました。遠征などで教室にいないこともあった私でも、仲良くしてくれた仲間の大切さを感じた高校生活でした。
今私が元気になって泳いでいることに「勇気をもらっている」と言ってくださる方がたくさんいます。スポーツはその人が頑張っているだけで自分も頑張ろうという気持ちにさせてくれるものだと思います。私は2018年2月の平昌五輪で羽生選手が怪我を乗り越えて金メダルを獲得されたことに触発され、その数時間後の試合で日本記録を出しました。このようにスポーツには「羽生選手は怪我を乗り越えてここまで戻ってきたのだから、自分にもできる」と観る人を奮い立たせてくれる力があります。五輪の開催に反対の方たちもたくさんいるかもしれませんが、反対をしている人の中にも応援してくれている方たちがいるので、スポーツの力は尊いと感じます。
高校生の皆さんは、今を全力で楽しんで、できることを思いきりやることが大事だと思います。がむしゃらに動いて結果が良くなかったとしても、やってきたことに意味がないものはないと信じています。私は常日頃、目標を持つことが大切だと言っていますが、そんなに難しく考えず、今目標がなくても、将来の自分の姿を想像することで目標が生まれます。私はこれから何十年も生きておばあちゃんになって、自分の人生のゴールはなんだったのか、人生の目標はなんだったのかと振り返った時、「幸せな人生だった」と思いたいので、自分が幸せに感じることが今やるべきことだと考えています。そして、「人も幸せにしたい」と思っています。例えば献血は、「誰かが行くからいいや」という考えになるかもしれないけれど、その誰かのおかげで助かっている命があり、ある人に未来を与えその人を幸せにしています。自分を幸せにして、余裕があったら人も幸せにするような力を持てたら一番です。